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インタビュー

【渡辺勇大×IIA】インタビュー前半「日本人は恵まれすぎている」渡辺勇大が指摘する、世界と戦えない日本人の致命的な弱点

インタビュー

世界とつながることが、特別なことではなくなった今。

海外で挑戦するために必要なのは、
英語力や専門技術だけではありません。

本当に問われるのは、
自分で考え、違いを受け入れ、行動を選び続ける力。

そして、どんな環境に身を置き、
どんな覚悟で世界と向き合うのかという「在り方」です。

Inspire Intelligence Academy(IIA)が届けたいのは、
いわゆる成功法則や再現性ではなく、
世界で戦う人たちが、どんな葛藤を抱え、
どんな視点で現実を捉えているのか、
その内側の言葉です。

今回お話を伺ったのは、
バドミントン界の第一線で世界と向き合い続け、
オリンピックで2度のメダルを獲得してきた
渡辺勇大選手です。

渡辺選手が語るのは、
「どうすれば勝てるか」という戦術論ではありません。

・なぜ日本人は、世界で戦う場面で一歩引いてしまうのか
・なぜ海外の選手は、人生をかける覚悟を持てるのか
・日本人が“恵まれている環境”の中で失いやすいものとは何か

その言葉は、トップアスリートに限らず、
これから世界とつながりながら生きていく
私たち一人ひとりに、
自分自身の立ち位置を問い直す視点を与えてくれます。

渡辺 勇大 選手

日本男子バドミントン選手。
混合ダブルス日本代表として
オリンピック、世界大会に出場。
世界ランキング1位を経験し、
日本バドミントン界を代表する存在として
世界の舞台で戦い続けている。

「日本人は恵まれすぎている」渡辺勇大が指摘する、世界と戦えない日本人の致命的な弱点

 

— 世界へ出ていくにあたって「日本人はチャレンジ精神が足りない」と言われることがあります。渡辺選手ご自身は、子どもの頃から挑戦するタイプだったのでしょうか。挑戦する力は、どのように育まれてきたのでしょう。

渡辺勇大選手
負けず嫌いではあったと思います。

兄が2人いる末っ子なので、
「負けたくない」という気持ちは、
もしかしたら他の人より強かったかもしれません。

ただ、幼少期からバドミントンに対して
「絶対に勝ちたい」という気持ちを強く持っていたかというと、
そうではなかったと思います。

— それでも、ここまで競技を続けてこられた原動力は何だったのでしょうか。

渡辺勇大選手
正直、自分でも
「よくここまで続いてきたな」という感覚があります。

強くなりたいと思い始めたのも、
周りの選手と比べると遅かったと思います。

— 「遅かった」というと、具体的には?

渡辺勇大選手
「世界一になりたい」と口では言っていたと思いますが、
本気で覚悟を決めて「世界一になるぞ」と思ったのは、
高校を卒業して社会人になってからです。

他の選手よりは、かなり遅かったと思います。

— 日本では、負けず嫌いな性格が抑え込まれてしまうことも多い印象がありますが、その点はいかがでしたか。

渡辺勇大選手
全くなかったですね。

両親は、自分がやりたいことをすごく尊重してくれましたし、
兄たちも優しくて、僕の性格を理解してくれていたと思います。

中学からは、東京を離れて福島の学校に進学しました。

バドミントンの強い学校でしたが、
正直その時点では「強くなりたい」という思いは、
そこまで強くなかった。


中高一貫で6年間過ごすうちに、
気づいたら強くなっていた、という感覚です。

— 中学生の頃から、親元を離れて?

渡辺勇大選手
全くそんな気はなかったんですが、
これはもう、出会いや運の要素が大きいと思います。

— 実際、その生活は楽しかったですか。

渡辺勇大選手
全然楽しくなかったです(笑)。

小学生の頃は、
週に2〜3回の練習しかしていなかったので、
中学に入っていきなり毎日、
朝練・授業・放課後練習という生活になって、
すぐに「やめたい」と思いました。

— それでも、やめずに続けられた理由は何だったのでしょう。

渡辺勇大選手
一度、「きついからやめたい」
親に言ったことがあります。

その時、父に「やめてもいいけど、
走って東京まで帰ってこい」と言われました。

「家の鍵は閉めておくから」と。

— 福島から東京まで、ですか。

渡辺勇大選手
はい。中学1年生の時です。

もう、その時は「やるしかないな」と思いました。

今振り返ると、父も僕の性格を分かった上で、
一度突き放してくれたんだと思います。

当時は本当に泣きましたし、
「きつすぎて死ぬかもしれない」と思いました。

小学生の頃までは楽しんでやっていたバドミントンが、
中学に入ってからは、楽しくない時期の方が長かったですね。

— もともと負けず嫌いな性格はありつつ、挑戦する力自体は、後から育っていったという感覚でしょうか。

渡辺勇大選手
おっしゃる通りです。

自分の人生に関しては、
「環境がそうさせてくれた」という言葉に尽きます。

中学・高校ともに強い環境だったので、
周りには自分より強い選手がたくさんいました。

ついていくだけで精一杯でしたが、
その環境が自分を強くしてくれたと思います。

— メンタル面について、日本の選手と海外の選手の違いを感じることはありますか。

渡辺勇大選手
すごく感じます。

高校卒業後、海外を転戦するようになってから、
特に強く感じました。

海外の選手は、本当に「命をかけている」。

バドミントンが
人生そのものになっている選手が多いです。

— 「命をかける」というのは、「悲壮感」とは違うのでしょうか。

渡辺勇大選手
違うと思います。

「これで生きていく」という覚悟の強さですかね。

日本の選手は、「負けたらどうしよう」
「失ったらどうしよう」と考えがちですが、
海外の選手は「勝ったら人生が良くなる」という
発想がスタートラインにあります。

何を失うかではなく、
勝つことで何を得られるか
を考えている。

このメンタルの違いは、大きいと思います。

— 負けてもマイナスにはならない、という感覚ですね。

渡辺勇大選手
そうですね。
勝ったらプラスになるだけ。

日本人は、どうしても逆で、
失うことを先に考えてしまう。

全体を見ていると、
海外の選手の方が相対的にポジティブだと感じます。

— その違いは、競技の強さにもつながりますか。

渡辺勇大選手
つながると思います。

バドミントンは対人競技なので、
「負けてはいけない」というメンタルと、
「勝ったら評価される」というメンタルでは、
試合での優位性が全く違います。

— 渡辺選手ご自身も、海外の選手から影響を受けて、マインドが変わった部分はありますか。

渡辺勇大選手
すぐに影響を受けました(笑)。

高校卒業して海外に出て、
「もっと本気で取り組まなければ、この先には行けない」
と感じました。

バドミントンは試合数が多く、
トーナメント形式の大会も多い。

その大会で「負けない人」は、
1人、あるいは1組しかいない。

つまり、99%の選手は、必ずどこかで敗北を経験します。

それが年間20大会以上続くとなると、
1回1回の負けで落ち込んでいては、とても持たない。

海外の選手は、その現実を前提として受け止めています。

だからこそ、負けること自体に過度な意味を持たせない。

その代わり、
「自分はこれまで何を積み重ねてきたか」
「そこにどれだけの自信があるか」を、
しっかり自分の中に持っている。

この「自分がやってきたことへの自信」が、
海外の選手の強さの根っこにあると感じています。

日本人選手も、もっと自信を持っていいと思います。

— なぜ、日本人選手は自信を持ちにくいのでしょうか。

渡辺勇大選手
厳しい言い方をすると、
「命をかけられていない」部分があると思います。

日本は環境が良く、サポートも手厚い。

バドミントンも実業団スポーツとして、
勝っても負けても給料が支払われる仕組みがあります。

もちろん、その中で覚悟を持って
練習している選手もたくさんいますが、
「保険」があることで、最後の一線に差が出ると感じています。

— 長年組んできたペアを解消し、新たに若い選手とペアを組まれたことも、大きな挑戦だと感じました。

渡辺勇大選手
ありがとうございます。
挑戦は常にしているつもりです。

目先の勝利だけを考えれば、
以前のペアの方が結果が出るかもしれません。

でも、僕が見ているビジョンは
ロサンゼルスオリンピックの金メダルです。

そこを目標にしたときに、若い選手の伸び代と、
それによって自分自身がさらに成長できる環境。

そのビジョンを考えた時、
今の選択が最善だと思いました。

— これまでのダブルスでは、先輩選手と組まれることが多かった印象があります。一方で、現在はかなり年下の若い選手とペアを組まれていますよね。ビジネスパートナーと言っていいのか分かりませんが、その関係性はいかがですか。

渡辺勇大選手
面白いですね。

言っていただいたように、
ミックスダブルスではパリまでは
一つ上の先輩と組んでいましたし、
男子ダブルスでは、東京オリンピックまでは
11歳上の選手と組んでいました。

まさか自分が「引っ張る側」になるとは、
正直思っていなかったです。

でも、今はそれがすごく新鮮で、
自分自身でも面白いと感じながら取り組んでいます。

何より、毎日の練習の中で、
彼女<1>の成長をものすごく感じられる。

それが、僕にとっては
大きなモチベーションになっています。

もちろん、教えることも多いですし、
ミックスダブルスとしても、彼女個人としても、
まだ改善の余地はあると思います。

ただ、それ以上に、
毎日の練習を見ていて感じる「伸び代」が、本当に大きい

本人には直接言わないですけど(笑)。
僕自身はすごく期待しています。

そういう成長途中の選手と組めるというのは、
僕にとっても光栄なことですし、
もう一度、二度と、自分自身を鼓舞し、
レベルアップさせてくれる存在
でもある。

自分が成長できる環境に身を置かせてもらっている
そう感じています。

編集部注 <1>
渡辺選手は、ミックスダブルスで 東野有紗 選手と10年以上にわたりペアを組み、世界の舞台で戦ってきた。
オリンピックでも結果を残し、完成度の高い関係性を築いてきたが、そのペアを解消。
現在は、自身より大きく年下の 田口真彩 選手と新たにミックスダブルスを組み、一から関係性を築いている。

 

— ご自身の現役中に、彼女の完成形を見られなくてもいい、という言葉も印象的でした。

渡辺勇大選手
もし僕が引退した後に、彼女が世界一になっていたら、
「その礎を一緒に築けた」と思える。

それだけで、十分だと思っています。

もちろん、自分自身も世界一を目指しています。

そのスタートが
ロサンゼルス五輪の金メダルなら、最高ですね。

— ダブルスは「2人で1つ」という言葉もありました。

渡辺勇大選手
どれだけ実力差があっても、ダブルスは2人で1つ
これは、先輩たちから学んできたことです。

今度は、自分が引っ張る番

どうペアを作り、どう支えていくかを考えるのも、
今の役割だと思っています。

— ペアとして、コミュニケーションで大切にしていることは何でしょうか。

渡辺勇大選手
本当に些細なことです。

挨拶だったり、
「ありがとう」「ごめんね」「今日どんな感じ?」とか。

バドミントンの話じゃなくてもいい。

言葉を交わすことで、
「分かっているつもり」が「本当に分かり合う」に変わる。

年下だと言いづらいこともあると思うので、
決めつけず、対話になるように意識しています。

— 挨拶から大切にされている、というお話が印象的でした。関係性が近く、長くなるほど、「言わなくても分かるだろう」となりがちだと思いますが、その点はいかがですか。

渡辺勇大選手
そうなんですよね。

関係性が近くなると、どうしても
「言わなくても伝わっているだろう」
思ってしまいがちです。

でも、僕自身は、挨拶をすることで一日が始まり、
その人とのコミュニケーションが始まる、
という感覚を大事にしています。

だからこそ、感謝でもいいし、
ミスをしたときの「ごめんね」だったり、
相手がミスをしたら「どんまい、どんまい」とか、
できるだけ言葉を交わすようにしています。

言葉でコミュニケーションを取ることが大切
だと思っています。

言葉にしなくても分かっている「つもり」だったことも、
実際に言葉にすることで、
「あ、相手も同じことを考えてくれていたんだ」
「ここは少しズレていたな」といった
小さな気づきが生まれる。

そうした積み重ねが、人と人との関係を、
より深いものにしていく
んじゃないかなと思います。

— 男性は特に、言葉にするのが苦手な方も多いかもしれませんね。

渡辺勇大選手
些細なことから言葉にするのは、
すごく大事だと思います。

あとは、言い方や伝え方。
これは誰にでもできることだと思っています。

自分が苦しい時、余裕がない時こそ、
「相手はどう思っているだろうか」という
視点を持つことが大切だと思っています。

自分の感情を、そのまま相手にぶつけないこと

バドミントンは、常に動き回る競技ですし、
体の調子が悪かったり、息が上がっていたりすると、
どうしても心の余裕がなくなって、
口調が強くなってしまうこともある。

でも、そんな時こそ、
「相手も今きついよな」「同じように辛いよな」と、
一度相手の立場を先に考えるようにしています。

そうやって、相手の気持ちを
優先して先行して考える
ということが、
一緒に仕事をするビジネスパートナーとしては、
すごく大事なんじゃないかなと思います。

 


渡辺 勇大 選手 プロフィール

1997年6月13日生まれ。福島県出身。
小学生時代からバドミントンを始め、早くから頭角を現す。高校・大学を通じて全国大会で実績を重ね、日本代表として国際大会へと活躍の場を広げた。
混合ダブルスを主戦場とし、東野有紗選手とのペアで世界トップレベルに定着。スピードと展開力、ネット前での鋭い読みを武器に、国際大会で数々のタイトルを獲得してきた。
2018年から2019年にかけては混合ダブルスで世界ランキング1位に到達。BWFワールドツアーや世界大会で安定した成績を残し、日本バドミントン界を牽引する存在となる。
東京2020オリンピックでは混合ダブルスに出場し、銅メダルを獲得。日本バドミントン史に名を刻む結果を残した。
以降も世界選手権、ワールドツアー、国際大会に継続して出場し、第一線で戦い続けている。
卓越した技術だけでなく、冷静な試合運びとパートナーを活かすプレースタイルに定評があり、ダブルス競技における日本の強さを象徴する選手のひとり。
現在も世界の舞台で進化を続けながら、日本代表として新たな挑戦を重ねている。