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【田中希実×IIA】インタビュー後半「強いと思われるのが怖い」田中希実が、自信がないままでも世界で戦える理由

インタビュー

陸上・中長距離の田中希実選手への
インタビュー後編をお届けいたします。

前編では、好き・嫌いという
言葉では語りきれない、
“つい走ってしまう”というに導かれて、
気づけば今に至っていた──

そんな田中選手の歩みをたどってきました。

後編では、

・理屈を超えて「ついやってしまう」感覚
・迷ったとき、立ち戻らせてくれる言葉の存在
・弱さを見せることで保つ心のバランス
・競技の先にある人生をどのように見つめているか

といった、
言葉にしきれない内側の感覚に、
より近づいていきます。

※本記事は前後編構成です。
まだ前編を読まれていない方は、
是非あわせてご覧ください。

田中 希実 選手

田中 希実 選手

日本女子中長距離ランナー
オリンピック、世界陸上に出場。
1500m、5000mで日本記録を保持し、
日本陸上界を代表する存在として
世界の舞台で戦い続けている。

「強いと思われるのが怖い」田中希実が、自信がないままでも世界で戦える理由

 

— 希実さんにとって、「チャレンジ」「挑戦」とは、どういうものですか?

田中希実選手
正直、私は「目標を立てて挑戦してきた」
と言い切れる部分が、あまりなくて。

あえて環境を変えようとして変えてきた、というより、
自然とそうなってきた感覚のほうが強いんです。

その結果、追い詰められた時期があったり。
逆に、それをひっくり返すことで結果が出たり。

そういう繰り返しが、
外から見ると「挑戦してきた」ように
見えていた
部分もあるのかもしれません。

私にとって「挑戦」とは、失敗を前提とするものです。

背水の陣みたいになっていた頃は、
「挑戦」という概念より、
とにかく「やるしかない」という状態でした。

「挑戦」って、目標を設定して、
成功するかもしれないし失敗するかもしれない、
という前提を持ちながら向かっていくものだと思うんですけど。

私の場合、その過程を踏むと、
失敗のほうに引っ張られてしまうことのほうが多くて。

失敗のリスクがあるけどやってみよう、
という考え方が大事なのは分かっているんです。

でも、それを思いすぎると「失敗のリスクがある」と、
自分に言い聞かせることにもなってしまう。

そういう意味で、最近は「挑戦」という発想自体が、
私には合っていないのかもしれない、
と感じることもあります。

— 挑戦の結果が数字として世界中に知られてしまう環境で、失敗のリスクを恐れながらもトライし続けられるのは、なぜでしょうか。

田中希実選手
私が陸上を続けてこられたのは、根本に
「続けることに何か意味があるはず」という発想と、
負けず嫌いなところの二つがあると思います。

「やるか、やらないか」という選択になったとき、
どうしても「やる」を選んでしまう 。

やってみないと分からない、という気持ちもありますし。

とにかくやり続けること、
やらないことが自分にとっては“負け”
みたいな感覚もあるんです。

やらないと、あとで後悔につながりそうな気がして。

だったら「やって後悔」のほうが、
まだ学びになる
のかな、と。

そうやって、
なんとか「やる」ほうを選び続けてきました。

本来、挑戦は自信を持つためにするものですが、
それは常に自分の「自信のなさ」を直視すること
でもあり、非常に苦しいプロセスなのだと感じます。

これまでは「とにかくやるしかない」という状況に
立たされることで、深く考えずに扉を開いてこれました 。

でも今は、
立ち止まって自分に問いかけるフェーズにいるぶん、
足踏みしてしまっている
のかもしれません 。

— SNSで「記録以上の何かを残していかなければ全ては過去のことになってしまう」と発信されていましたね。

田中希実選手
昔から「速くなりたい」一心でやっていて。

日本記録を出すまでは、本当に
「速くなりたい」という気持ちだけで良かったんです。

でも記録を出してからは、もしこのまま
「日本記録保持者としての自分」だけになったら、
いつか名前は残っても「どんな人で、何をしていたか」は
残らないんじゃないか、
と思うようになりました 。

後の選手たちが「結果だけがすべてだ」と
思い込むような取り組み方をしてほしくないんです 。

私自身、いい意味で頑張りすぎず、
のびのびやってきたからこその結果だ
という誇りがあります 。

その精神の部分だけは続いていってほしい。
そう思ってあの文章を書きました 。

— 「なぜ走るのか」「なぜ走り続けるのか」と問われたら、どんな言葉が出てきますか。

田中希実選手
幼い頃からのスタンスが、深く考えずに
“つい走ってしまう”
というところにあったので。

好きだからという根拠があったわけではなく、
『ついやってしまうこと』が私にとっての走ること
だった、
という感覚です。

それで記録が出たり結果が出たりして、
気づいたら、好きかどうかとは別に、陸上が
アイデンティティになっていて、職業になっていた。

そうなってから、
「自分はなんで走ってるんだろう」
問いかけることが増えました。

本当は、そういうことを深く考えずに、
“つい走ってしまう”
というフェーズにある時が、
少なくとも私にとっては、
一番幸せなんじゃないかなと思います。

— 今のお話を聞いて、希実さんはまだ進化の途中なんだなと感じました。そして「つい走ってしまう」という言葉は、才能のヒントにもなりそうですね。

田中希実選手
そうですね。

— いろいろなプレッシャーと戦っていらっしゃると思います。結果が出ない期間もある中で、心の支えになる言葉や考え方はありますか。

田中希実選手
父が高校入学の頃に贈ってくれた
「一志走伝(いっしそうでん)」という造語があります 。

説明は特になくて、紙にその四文字を書いて、
「これをテーマにしてみたらいいんじゃない」みたいに、
提案として手渡してくれました。

当時、私は陸上の強豪校に進んだので、
顧問の先生も中学より厳しいだろうし、
集団の中で揉まれて競技に取り組むのも初めてでした。

その時に、
多分寄りどころとして送ってくれたんだと思います。

— その言葉を、当時はどう受け取っていたんですか。

田中希実選手
当時は、襷(たすき)をつなぐ駅伝のイメージや、
自己ベストを更新して強くなっていく姿で
人の心を動かすことだと解釈していました 。

でも、メインの「志」の部分は、
自分の意思を表していると思いました。

言葉で伝えるんじゃなくて、
走りで伝えるってどういうことなんだろう。


そう考えるようになったんです。

高校の時点では、
インターハイでも優勝できなかったし、
勝てないことのほうが多かった。

でも自分の中では、
すごく良かったと思える3年間でした。

中学も勝てない経験は多かったけど、すごく楽しかった。

優勝だけじゃなくて、自己ベストを更新して、
どんどん強くなっていく自分が好きだった。

そういう姿でも、人の心を動かすことができるんだ、
という感覚がありました。

それが「走りで伝える」ということなのかな、
と当時は思っていました。

— その感覚は、今のご自身にもつながっていると思いますか。

田中希実選手
はい。

今は、まだ自分の「志」が何かを完全には
言語化できていませんが、だからこそ
「走りで伝える」ことに意味があると思っています 。

言葉にすればするほど、
理屈に凝り固まってしまう部分もある 。

やっぱり走りでしか解決できない何かは絶対にある。

言葉にできない自分の志を走りで見せていくことが、
今の私の答えの一つです 。

— 「志を走りで伝える」。希実さんは、順位を上げること以上に「面白いレースを見せる」という走り方をされる時もありますよね。

田中希実選手
そうですね。

見る人がワクワクしてくれたり、
「おおっ」となってくれた瞬間が、
自分の中でも一番印象に残るというか、
「やってよかった」と思えるレースです。

無理に面白くしようとする必要はないと思うんですけど、
見ている人と一緒に走っているような気持ちに
なった時は、自然にそうなっている。


それが逆に面白いな、と自分でも思ったりします。

— 試合後のインタビューを拝見していると、すべての大会を通過点と捉え、視線が常に「次」に向いているように感じます。ご自身では、どこに視点を置いているのでしょうか。

田中希実選手
父とディスカッションをすると、
父のほうがずっと先を見ていて「過去を振り返るな」と
釘を刺されることも多いんです。

ただ、私自身もレース直後は、終わったレースのことより
「次」に意識が向いている自覚はあります。

それは前向きな理由だけではなくて、実を言うと、
「走りで伝えきれなかった部分を、言葉で補完したい」
という気持ちが先に立っている、という側面があります。

走りだけでは表現しきれなかった、
レース前に考えていたことや、
レース中に感じていた葛藤。

それらを言葉で埋め合わせようとして、
自然と言葉が溢れ出してくる。

その「伝えたい」という切実な思いが、
結果として周囲には「もう次のステージを見据えている」
という前向きな発言として映っているのかもしれません。

— ここまで、内面の葛藤も含めてお話しいただきましたが、トップ選手として「弱さを見せること」への恐れはありませんか。

田中希実選手
逆に、私にとっては「強い」って
見られることのほうが、怖い
と思っていて。

自分を作り続けるほうが、きついと思うんです。

そのきつさを自分で抱えきれる自信が、
逆になかったりして。

だったら、どんどん肩の荷を下ろして、
自分の中のものを出していったほうが、
ずっと自然体でいられる
のかな、と思います。

— ご家族から安心を得ることと、余計な鎧を脱ぐこと。そのぶん、入れるべきところにしっかりエネルギーを注いでいる、という感覚でしょうか。

田中希実選手
結果を出すほど、
世間のほうが「強い」というイメージを
作り上げてくださっている部分もあると思います。

それが重荷になる部分と、
メリットになる部分とがあって。

それも含めて自然に任せているところがある一方で、
重荷になりすぎる時は、
あえて自分から弱さを出すことで、
バランスを取っている
のかなと思います。

— プロスポーツ選手は、セカンドキャリアが課題になることも多いと思います。まだ先の話かもしれませんが、考えていらっしゃいますか。

田中希実選手
正直、何を職業にしよう、
と決められているわけではないんですけど。

ただ、「ついやってしまうこと」とか
「得意なこと」は、陸上と同じように、
自分を作っているものだと思いますし、
走る以外にも、何かあるはずだとは思っています。

身近なランナーで言うと、地元の小林祐梨子さんとか。

マラソンだと高橋尚子さん、
有森裕子さんもそうですけど、
解説の仕事や、陸連の立場にまでなられていて。

結果を残したから仕事が与えられた、
という面もあると思います。

でもよく見ていくと、その方々にしかできない仕事で、
なるべくしてなった立場
だと感じます。

人間性が、今の仕事に生きている。

— 競技を離れたあとも、その人らしさが仕事につながっていく、ということなんですね。

田中希実選手
小林祐梨子さんも、昔からお話が上手、
というパーソナリティがあったと思うんです。

選手の時はそれが“ただの特性”だったかもしれないけど、
今はラジオや解説の仕事で生きている。

競技の中でできなかった部分や、やり残したことを、
自分のパーソナルな部分で補って、
新しい扉を開こうとしているように見えるんです。

私も、今は自覚していないだけで、
気づいたらやってしまうことが、
走る以外にもあるかも
しれない。

そういう根本の性格的な部分が、
仕事に役立つ時が来たらいいな、
と思います。

— 才能は一人一つじゃないですもんね。セカンドキャリアについては、少し楽しみな気持ちもありますか。

田中希実選手
そうですね。

人としての人生は、生きている限り続いていくので。

それが「仕事」という名前のものかは分からないけど、
その時も私自身は、何かをしているはずだと思います。

陸上の第一線から離れた時に、
「私はこういうものです」と名乗れるような
何かになっている、と想像すると、
少し楽しみだなと思います。

— 海外で活動されている希実さんから、これから海外に出ていきたい若い方たちに、メッセージをお願いします。

田中希実選手
経験が足りないんじゃないか、と思って
世界にたくさん出ていった部分はあるんですけど。

出ていったことで、経験以上に
「自分の内側の違い」のほうが大きい、と感じました。

世界に出ていくことだけがすべてじゃなくて。

経験をして持ち帰ることも大事だけど、
一番大事なのは「自分自身の持ち方」なんだな、
というのを改めて学べたと思います。

来年度は、今年ほど世界に出るというより、
割合を考えて国内のレースや国内での取り組みも
大事にしていきたい。

今年海外にたくさん出たことで、
日本の良さを改めて考えるきっかけにもなりました。

日本の良さを実感できていないからこそ、
世界の良さを求めに行っている人もいると思うんですが、
また日本の良さに気づくきっかけが
つかめたらうれしいなと思います。

— 若い方たちには、海外に出てほしいと思いますか。

田中希実選手
もちろん、いろいろ見て知ってほしいと思います。

言葉では伝えきれない部分もあるし、
別の人が出ることで、私が経験できなかったことも
たくさん経験されると思うので。

個人では経験しきれない部分を、
もっとたくさんの人が経験して、集積していくことが、
これからの日本にもつながっていくと思います。

— では最後に、今頑張っている陸上選手たちにメッセージをお願いします。

田中希実選手
私自身、陸上を頑張ろうと思って続けてきた、
というより、本当に、つい続けてきてしまった、
というところがあるんです。

もちろん、好きで走っている子のほうが多いと思います。

でも私は、実際は「好きでやっていた」
というだけではない部分もありました。

それでも続けてこられたのは、家族の存在が大きかった。

家族にやらされてきたというより、
近くで常に見守り続けてくれた。

それがあったからこそ、今の私があると思います。

だから、無理なく続けられる環境が、
陸上をやっている子たちにもあればいいなと思うし。

その中で、アイデンティティとか、
いろんな悩みにもぶつかると思うんですけど。

陸上の結果だけに縛られた悩みではなくて、
もっと客観的に、
人としての生き方の悩みにもつながるような悩みとして、
それを希望に変えていってほしい
な、と思います。

— ありがとうございました。「一志走伝」。これからも希実さんの“志が伝わる走り”を楽しみにしています。

田中希実選手
ありがとうございました。

 


田中 希実 選手

田中 希実 選手 プロフィール

1999年9月4日生まれ. 兵庫県出身。
2014年に中学生で全国都道府県対抗女子駅伝競走大会に兵庫県代表として出場し、8区区間賞を獲得。翌年も8区を走り区間賞を獲得。西脇工業高校に進み、第70回国民体育大会では1500mで優勝、翌年71回大会では3000mで2位、72回大会では3000mで優勝。2015、2016、2017年は全国高校駅伝に出場。2018年都道府県対抗女子駅伝では1区を走り兵庫県の優勝に貢献。アジアジュニア選手権では3000m大会記録で金メダルを獲得。世界ジュニア選手権でも3000mで金メダルを獲得。ジュニア世代を牽引する存在として活躍を続けてきた。2020年日本選手権5000m優勝、2021年日本選手権1500m優勝。東京2020オリンピック女子1500mに出場し、日本人初決勝進出し8位入賞。2022年世界陸上では800m、1500m、5000mの3種目に出場。同9月にニューヨークで開催されたマイルロードレース5thアベニューマイルに初出場し、女性の部5位。2023年4月からプロ転向し、New Balance所属となる。2023年世界陸上では5000mで日本人では26年振りとなる8位入賞、2024年パリ五輪、2025年東京世界陸上 1500m、5000m代表、現在、オリンピック種目である1500m、5000mの日本記録を筆頭にトラック(ショート含む)、ロード含めて13個の日本記録を所持、日本陸上界を代表する存在のひとりとして、世界へチャレンジを続ける。